話がコロコロ変わる

JUGEMテーマ:こころ

 

 男性と女性では会話の仕方が違う。

男性の会話の仕方と女性の言葉使いが違う。

文脈という一つの文章を作る言葉の論理を使ってしゃべるのが男性である。

 

 論理を使うという事は、どういう事か?

会話には、必ず発端がある。

話し合いの出発点がある。

そして最後は 結論がある。

しかし、女性はこの話し方の文章論理構造を持っていない。

脳の構造の中に物事の発端から結果までを途切れなくその文脈つまり文章の流れに沿って話すという構造を持っていない。

だから、意見がコロコロ変わる。

 

男塾http://otoko-migaki.netでは、この女性の特質に対する対応の仕方を伝授しています。

 

女性のここが面倒

JUGEMテーマ:こころ

 

 若い時は、男性自身が性欲の塊だと錯覚できる。

それだけ、誘う女性が多いから。

女性は、配偶者を決めて子供を作らないといけないから。

女性は結婚したい。

男性は別に結婚はしたくない。

1人でいる方が自由で楽だし、面倒臭くない。

出来るだけ結婚は先延ばしにしたい。

 

女性と話をする上で一番面倒だと感じるのは、どんな時か聞いてみたら・・・

「コロコロ話が変わる。」という意見があった。

男性から見ると女性の会話の仕方は、何を言いたいのかわからないようだ。

そして、つい「結局何が言いたいの?」と言ってしまう。

男女では、会話の仕方が全く違う。

だから面倒なのだ。

 

性欲

JUGEMテーマ:こころ

 

 一般的に、男性の方が性欲があると思われている。

しかし、実は女性の方が性欲の塊と言える。

ラカンが言う前提は、男性には性欲がないという事。

 まず、女性は男性に求める。

男性は求められていると感じる。

男性は要請に応える能力がある。

女性を守らなければならないという文化がある。

だから、求められているからそれに応えるという形で性欲を作り出す。

あたかも自分の中にそれがもともとあったかのように錯覚する構造の中に居る。

男性に、彼女を作りなさいと言うと、面倒くさいとかややこしいとか言う。

それは本来、男性に性欲がない事の証。

例えば、飲みに行ったとき女性は男性に体をくっ付けてくる。

または、寝っ転がったりする。

これは、明らかに誘っている証拠。

欲望を喚起させている。

呼び起こすきっかけを作るのは女性。

なぜややこしい形でそれを表現しているかと言うと、恥ずかしいから。

文化的に、女性の方から求める事が出来ない。

だから男性から求めてきているという形にどうしてもしたい。

女性は求めているが、男性は応えないと女性が欲求不満になる。

この食い違いこそが、男女間で発生する一番の問題点となる。

 

移行対象とフェテッシュ

JUGEMテーマ:こころ

 

移行対象とは、ウイニコットが理論化した愛着対象の事。

もともとは、フロイトの物の殺害からきたもの。

母を代理するものは、すべて移行対象となる。

男性の車好きも移行対象と言える。

車のおしりのラインが母のラインと同じ。

それを所有していることで、母と共にあるという事で一体化している。

一体化とは共にあるという事。

空間や物質化を意味しているのではない。

そこに物がなくてもよいのだが、想起するには物があった方が想起しやすい。

母の模倣は全て移行対象。

母を代理したもの。

移行対象があったという事で、母への愛着があったという事がわかる。

 

フェテッシュは、車などの物を母と見做しているという事で移行対象と一緒だ。

しかし、そこに性的興奮が伴っているかどうかで決まる。

性的な興奮が伴うとっフェテッシュといえる。

 

色と心

JUGEMテーマ:こころ

 

色は、無意識と深く関わっている。

それは、子供時代は言語がないので目に飛び込んで来るのは色しかない。

 

黒は孤立とうつ。

孤立は1人ぼっちで交流性がない。

活動がない、無力感しかない。

故にうつと言える。

黄色は躁病。

茶色やグリーンは心が落ち着いてきたという事。

赤は開放的になったという事。

白も開放的。

白黒は、孤立から解放へのせめぎあいを生きているという事。

 

さて、今日の服の色は何色?

 

ホルモン

JUGEMテーマ:こころ

 

感情はそもそも身体のホルモンが作る。

身体に根差している。

女性は身体でものを考えるので、ホルモンが作った感情で物事を考えてしまう。

 

男性はホルモンは少ない。

言語を優先するので。

 

女性は現実的に受け取る。

実感なき言語は用をなさない。

言葉だけでは信じない。

体感しないと信じない。

そのため、反応が男女では全く違う。

 

男性は、何年も前の恨みつらみの感情想起はない。

忘れてしまう。

女性は20年、30年前のことでも、あの時・・と言って蒸し返す。

終わったことが終わったことにならない。

時間軸がない。

 

 

 

 

シェーマLと屑

JUGEMテーマ:家庭

 

心理学では主体としての私を単なる自我としてしかとらえていない。

ラカンは、見る・見られる・それを見ている自我の3項まで表記した。

そこにフロイトのS(主体)を取り入れて、シェーマL図を作った。

なぜかというと、全部Sに集約していくから。

もともとはSから出発する。

 

どういうことかというと・・・

欲動の塊だった子供が母に出会って見る・見られるが出てきた。

これはまだ想像界の始まり。

これを大文字のAという語らい、つまり父の語らいがあり象徴界へ移行する。

しかし、語らない父だと象徴界は存在しない。

語らない父だと、無傷と思われがちだがそうではない。

父を屑だと規定してしまう。

 

父は社会なので、社会も当然屑という事になってしまう。

クソみたいな仕事というのはそういう事。

家庭は小社会。

父は社旗を代表している。

モラル、倫理、知性など。

それが、日曜日にゴロゴロしてテレビを見てぐうたらしていると、どうしても屑としか思えない。

会話

JUGEMテーマ:こころ

 

男性が、女性に配慮性の高い会話をしてしまうのは相手を慮っているようで実は自分を守ろうとしている。

だから、女性になめられ弱気に取られてしまう。

女性は基本ぐいぐい来る積極性を求める。

配慮は積極性ではない。

むしろ、消極的。

それは、自分に気がないことになる。

だから、男性は女性にいうべきことは言う。

怒らずに、事実として言う。

 

 

人間の存在

JUGEMテーマ:こころ

 

人間の存在は、言語的存在。

言語はどれだけ意味を持ち、人間の行動を動機付けているか。

この事を認識しないと、思考ができない。

判断できない、決断できない。

 

甘えは、対象選択がない。

犬でも猫でも良い。

依存は対象選択があり、依存には目的がある。

自分の存在の根拠をそこに寄せる。

そこには承認がないといけない。

つまり、自分も対象を受け入れ相手も自分を受け入れていることが前提。

恋愛のテーマの軸もすべてここにある。

男性なら誰でもいいというのは甘え。

対象選択がない、一方的。

 

甘えは、ずっと続き成長がない。

発達論の暫性という。

折り重なっていくという考え方。

そこに、基本的信頼が出来、依存が乗るという考え方。

3歳過ぎから言語と行動がある。

選択性も出てくる。

承認や受容性も出てくる。

だから、依存という形に変わってくる。

依存が育つか否かは言語能力、行動化の能力による。

言えるような家庭環境が必要になる。

そこから、自分の存在の根拠を相手に委ねる。

それは、受容と承認で確かめる。

ここからは、存在論的な世界になる。

存在論となると意味。

生きている意味を、依存を通して確認している。

 

思春期は、依存の確認は恋愛において表現できる。

成人期は、夫に依存し、夫婦共謀という形の甘えと依存になる。

社会的には、会社員になれば地位という事が甘えと依存を全うしてくれる。

地位にしがみ付くという言葉があるように、これは甘えと依存。

肩書への依存。

定年退職で一気に落ちる。

依存の対象が、ステイタスへと変貌していく。

だから人間関係の基本である異性交流を学ばないと、人間の対人関係から外れていく。

その人でなければならないという事が依存。

甘えは、言語の無い時期に身につけたので、ベタベタしているだけで変わらない。

 

男塾は異性交流についての学びの場です。

忍耐強さ

JUGEMテーマ:こころ

 

忍耐強くいるために必要な事は、時計を持たない事。

女性は時計を持っていないため、忍耐強い。

男性は、時計をもって生きている。

理論を持っていること自身が時計だから。

女性は理論構成を外した。

無時間性の中に生きざるを得ない。

だから、無時間で無空間。

妻は、夫への恨みつらみを何十年たっても忘れない。

あの時こうだった、こうしてくれなかった・・と。

女性の無時間と無空間を埋めるのが妄想。

女性は考えないようにして無時間的無空間の中に生き、妄想に走る。

幸い妄想は無時間無空間。